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私らしく人生を楽しむヒント|飲食ディレクター・梅北奈鼓 -part2-

Part2
トルコでの運命的な出会いと、ライフワークの始まり

自分らしく、人生の後半戦を楽しんでいこう!というメッセージを届ける本連載。

第3回のゲストは、鹿児島で複数の人気飲食店を展開する飲食ディレクター・梅北奈鼓さんです。

私たちが年に2回鹿児島でフェアを行っているのが奈鼓さんが経営する「照国オリーブラボ」と言うオリーブオイルの専門店です。

料理を通して健康やウェルネスを伝える梅北奈鼓さんをお迎えしてお届けしている連載第2回。

30代でサンフランシスコへと渡った奈鼓さんが、いかにして「食」に目覚め、生涯のライフワークとなるオリーブオイルと出会ったのか。その旅の軌跡を辿ります。

サンフランシスコで目覚めた「食」への意識

神田:30代でのサンフランシスコ生活はいかがでしたか? それまでの激務から解放されて、心境や体調に変化はありましたか?

梅北:本当にガラリと変わりました。現地の学校に通ってインターナショナルビジネス(輸出入)の勉強をしながら暮らしていたのですが、何より買い物が楽しかった。近くのマルシェに行くと新鮮な野菜や果物がたくさん並んでいて、それを買って自炊をする生活を始めました。それまでのコンビニまみれだった食生活からスローフードに変えたことで、みるみる体調が良くなっていったんです。

岡本:サンフランシスコのマーケットは本当にフレッシュで気持ちいいよね。環境を変えてスローライフを取り入れたあの時期のインプットは、今の奈鼓さんのベースに深く息づいていますね。

梅北:ものすごく影響しています。学校に2年間通ってサーティフィケート(修了証明書)を取得したら1年間就労ビザがおりますと言われて。日経の輸出入の会社でお手伝いをしながら、英語で仕事を覚える経験もできました。今思うと、ビザの規制が厳しくなるギリギリの良いタイミングでしたね。ただ、向こうでの仕事や生活が楽しくなりすぎて、結果的にアメリカが長くなって。

神田:アメリカで働くにはビザやなど難しいですよね。

梅北:どうにかして向こうで暮らし続けようと足掻いたのですが、やはりたった1年の実績では労働ビザの更新は難しく、日本へ帰国せざるを得なくなりました。その「どうしても帰らなきゃいけない」となった時に、今思うと人生を変える出会いがありました。

神田:転機はピンチに訪れますもんね。その出会いとは?

梅北:サンフランシスコで一番仲の良かった親友がトルコ人で「どうせ日本に帰るなら、最後にトルコに来たら」と誘われて、カッパドキアにある彼女の実家に3ヶ月間滞在させてもらうことになりました。そこでお母さんからみっちり地元の家庭料理を習ったのですが、それがもう、新鮮でした。

神田:トルコの家庭料理ですか?

梅北:それまでオリーブオイルといえばイタリアやスペインのイメージが強かったのですが、トルコ料理はすべてのベースが自家製のオリーブオイルなんです。お母さんたちは朝からとにかく大量にオイルを使います。それだけではなく、日焼け止め代わりに肌に塗ったり、私が便秘だと言えばお母さんがスプーンにオリーブオイルを持ってきて「これを飲みなさい」と飲まされたり(笑)。

岡本:料理だけでなく万能薬のような扱いなのですね。ペタペタとオイルを塗っている様子、なんだか想像つきます。

梅北:そうです、生活のすべてがオリーブオイルが中心で、その楽しさが忘れられなくて。イタリアなどではなく、トルコでの体験だったからこそ、あの自然の恵みの力強さがダイレクトに響いたのだと思います。「食ってすごいな、面白いな」と、そこで完全に開眼しました。

食についての猛烈な勉強がスタート

神田:オリーブオイルの世界が開けて、プロフェッショナルへの道に行くのはそこから?

梅北:帰国後、一応東京で就職は決まっていたのですが、それまでしばらく鹿児島の実家にいることになりました。そうすると時間がありますよね。せっかくだからと野菜ソムリエの資格を取ったり、オリーブオイルソムリエ協会に通い始めて、それこそ夢中で勉強を重ねました。それが32〜33歳くらいの頃です。

岡本:その時の学びがベースになって、世界が広がっていくのだから、経験や学びは必ずどこかにつながっていきますね。特に自分が好きなこと、夢中になることだからこそ、突き詰めていける。

神田:しかもオリーブオイルの国際コンテストで長く審査員を務めていましたよね?

梅北:はい、「オリーブジャパン」で、日本人では数少ない公式審査員として10年間も世界中のオイルをテイスティングする立場になりました。人生はどこでどう繋がるか分かりませんね。当時はまだ日本人審査員が2〜3人しかいなくて、英語が喋れたことで海外の審査員たちと対等にコミュニケーションが取れたのがラッキーでした。

岡本:そしてここ「照国オリーブラボ」が生まれたんですね。コンテストで認められたオイルやそれに合う調味料が買える。私たちも日頃のお買い物からフェアまでお世話になっています。

【次回】
偶然の旅から始まったオリーブオイルとの出会いが、奈鼓さんの確固たるライフワークへと育っていきます。最終回となる次回は、あれほど拒絶していた「飲食業界」へとご縁がつながり、温かい「大家族」の輪を広げていく現在地について伺います。

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profile
梅北奈鼓

オリーブオイルコンポジター®、オリーブオイルソムリエ。世界オリーブオイルコンテストで日本人審査員を務める。世界中から厳選したオイルや食材を通して、毎日の食卓と暮らしを豊かに彩る提案を行っている。



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