Part3 仕事ばかりしてきた先の幸せ、生き方を模索する
人生の後半戦を楽しむヒント、敬子さんの先輩、山田初美さんをお招きしています。ファッション界の中でも海外の有名フォトグラファーと撮影をしてきたり、駆け出しのソフィア コッポラを起用したり、その審美眼で一目置かれる存在だった初美さん。長年勤めた会社から独立した後、お父様の介護、ご主人との再会。コロナでの転機をへて、札幌に移住するまで、都会での暮らしから、時間をかけて心の葛藤を整理してきた、ここ数年のお話を振り返ります。
まとめ:nanadecorディレクター 神田恵実
神田:海外に華やかに撮影に行くのが当たり前だった時代から、バブルが弾けて、さらにコロナへと、時代が変わっていく中、今の暮らしに至るまでを伺っていきます。
初美:昔の私は、仕事中心の生活でとにかく土日も働いて、今で言う過重労働だよね(笑)
プライベートではご飯も作った事がなく、掃除もハウスメイドに頼んでいました。仕事が終わって夜な夜なご飯に行き、そして飲みに行き、飲みの場でクリエーターや芸能関係、経営者の方々と知り合い、仕事上でもいろんな方に助けられました。
仕事と遊びの境界線が無い生活を楽しんでいて、今思うと無茶な生活をしてました。(笑)
敬子:私たちの30代はブランドの立ち上げやら、大きな仕事を情熱を持ってガッツリ働くという時で、その後、30代半ばで役職がついて、バブルが弾けたりして、難しい問題に次々と取り組んできましたね。でもそんな中でみんなが初美さんを頼りにしていて、それに都度、応えていくエネルギーはものすごかったと思います。楽しみながら、という遊びを忘れないところ、クリエイティブを上手に組み合わせていくのが本当にさすがでした。
新しい暮らし、生き方にシフトするための時間
神田:きっと仕事も充実していたと思います、そんな時代を経て、会社を何歳で辞めたんですか?
初美:25年勤めて、49歳で辞めて自分の会社を作りました。マーガレットハウエルなど、外のブランドともお仕事をしながら、古巣と契約をして仕事をしてきました。なんとなく今までの25年間の恩恵というか、そんなスタンスでゆるゆると12年くらい仕事をしていたかな。そんな時に父が病気になったんです。今思うと、会社を辞めていなかったら、あそこまで父と一緒にいられなかった、と思います。
東京の病院に入院してもらったり、色々な病院を回ったんです。そして、もう10年近く前に亡くなりました。その時にふと「あれ?」って思ったんです。この後、私が母をみて、その後母が亡くなったら、誰が私をケアしてくれるんだろう? って。そう思った時に、夫が現れたの。父が7月に亡くなって、8月のお盆に実家に帰っていて、高校1年生の時に付き合ってた人が現れたんです(笑)
敬子:そのタイミングの良さが、まさに初美さん。私を釣り上げたように、人生ふっとタイミングが来た時に、そのチャンスを見逃さないですね。自分にシンプルだからかな、自分を信じているからなのかな、あれこれと悩んだり気負いもないし、ないものねだりもしない、いつもすっと目の前のことを、受け入れられる人だと思います。
初美:夫とは40年間1度も会っていなくて、彼は出張先で新聞の「お悔やみ欄」をたまたま見て、父の訃報を知り、お盆の時に実家の電話が鳴りました。
我が家の電話番号は当時と変わっていなく、それを40年間覚えていた事に驚きました。
電話に出た母が「はっちゃん帰って来てるよー」と言っていると思ったら、彼はすでに家の前に居ました。それが40年ぶりの再会でした。
神田:お父さんの愛が泣けますね。最後に引き合わせてくれたんですね。
初美:彼と会って、56歳の時に結婚したの。
敬子:ほんと、素敵なエピソードだよね。まさか東京のイケイケだった初美さんが、40年ぶりに地元に立ち戻り、結婚をして。よく知っている私からすると、らしいな、と思います。
初美:彼には60歳になったら北海道に帰ってきて欲しい、と言われていたけれど、なかなかできずにいたんです。そうしたら、61.2歳くらいの時にコロナになって、じゃあこのタイミングかな、と思いました。そして思い切って、会社も全部畳んで、家も売って62歳の時に北海道に戻ってきたの。
神田:本当にコロナがいいきっかけでしたね。時代も変わったし、背中を押してくれた。
敬子:ここでも自分を変えられるか、変えられないかっていうのがポイントではあるよね。流れを見逃さないこと。
移住した時のなんとも言えない不安を救ってくれたもの
初美:全てタイミングだなって思いました。頭ではわかって、自分で納得して帰ってきたんだけど、やっぱり慣れるまでに2年くらいかかったんです。
神田:慣れないとは友達とか? 出かける先がないとか?
初美:産まれた土地と言えども、40数年も離れていたので、気候も環境も一変していて、日々何を着て良いのかわからなかったり。ようやく心地よい札幌スタイルが少しづつですがみつかってきました。
さらに当時は朝の目覚めも良くなかったんです。朝起きても不安な感覚があったり…。もしかしたら、そのころはまだ未練があったのかもしれませんね。ようやく、今やっとかな! いろんな意味で、落ち着いてここに暮らしている、という感じになったのは。
お話ししたように、これまでライフスタイルのことに全く気持ちが向いていなかったので、ご飯も作ったことないし、食器のことも分からない。日常的なことに何も触れてきてなかったんです。仕事柄、器も人からもらうことが多かったし、だからなんとなくコーヒーカップだって、もらったものを使っていたくらい。でも、なんかこの(手元の)コーヒーカップを買ってすごく落ち着いた感じがしたの。たまたま札幌のお店でこのカップを買ったんだけど、もしかしたら、このカップが意外と私を救ってくれたかもしれない…。後から聞いたら韓国の作家さんなんですって。
神田:器一つの存在が、ということですよね。日常と寄り添う生活のきっかけというか、ほっとする時間のシンボルになって。作家さんが魂をこめて焼いている作品にはそういう力があるかもしれないですね。
敬子:だって手でこう、捏ねているからね。一つとして同じものはないし、全てが自然のもので生まれている。その小さなアートを家で使えるってありがたいことです。
それが!この方の作品が偶然、うちにもあるの。私も大好きなんです。ドイツに住んでいる方で、リー・ヨンツェさんっていう方の作品だと思うんだけど。我が家でも一番使うお皿で、実はうちの旦那がいいねって言って買ったもの。毎日使える、本当にいい器です。
初美:器の作家さんって、本当にいっぱいいるのよね。びっくりするくらい。
敬子:この色出しもいいよね。そして毎日使えるの。器もやっぱり相性ってあるからね。
神田:お二人はファッションも好きなものが似ているかもしれませんが、星の数ほどいらっしゃる作家さんの器の中から気に入っている方が同じという…。
初美:本当ね。コーヒーカップって1日中使うじゃない? だからこのカップに出会って気持ちが落ち着いた気がするんです。
敬子:財産だよね。好きな日常のアイテムに出会えること、その何気ない時間こそが贅沢だよね。
初美:家のこと何もしてなかったから、こうしてどっぷり家に入った時に、そこに自分の存在をどうしたらいいのかよく分からなくなったのかもしれない。それでちょっと不安だったのかな。でもこのカップに出会って、心が少しづつ落ち着いた感じがしています。
神田:ゆっくりとした時間軸に切り替えるきっかけだったのかもしれないですね。
初美:ちょっと心が豊かになるっていうか。
神田:それまでONの世界にいて、仕事でも自分の存在価値があった。急に静かなところに来て、初美さんそのものになった時、その繋ぎ目は少し時間がかかりますよね。自分との付き合い方も変わってくるでしょうし、周りは仕事での初美さんを知らない方ばかりでしょうし。その中での自分がどうあるかは、きっとすごく探り探りだったのかと思います。今はだんだんと、生活の楽しさを感じているところですか?
初美:やっぱり北海道って四季がはっきりしているから、自然を楽しむことに目が行くようになりました。だから次の冬は、薪ストーブをつけようと思って。ちょっと和モダンみたいな感じにしようと思ってるの。外のサウナもあるから、薪は山ほどあるしね。
敬子:薪って、木を切って来てくべればいいと思ってたけど、色々準備もあるよね。薪割りも、乾かしたり、すごく時間がかかるんだよね。
初美:彼が準備してくれているからよくわからないんだけど(笑)、薪ってちょっとほっこりするんだよね。だから畳の部屋を変えて、薪ストーブを入れようかなと思って。そうしたら冬も楽しいでしょう? 夏は彼がキャンピングトレーラーでキャンプに連れて行ってくれるんです。
神田:すっかりアウトドア!お二人でどんなところに行くんですか?
初美:そうだね。北海道っていろんな魅力があって、前は道東の方に行ったり、彼は釣りが趣味だから色々とマニアックな場所に行くの。これは、去年の庭の紫陽花ね。
神田:意外と生活が楽しくなっている感じですね。
初美:もう1日があっという間なのよ。これは松島のお寺で売っていて、ちょっと買ってみたの。これはアイヌの人が彫っていた指輪よ。可愛いでしょう?
敬子:めちゃくちゃ可愛い!ボリュームもあって。やっぱり好き、ハツミさんのセンス。
初美:あら似合うじゃない? やっぱり私たちは好きなものが似てるのよね。もう、これあげる! 私ここに色々置いてあるけれど、もうここではずっとしていないの。だんだん着るものも、暮らしも、それぞれがシンプルになっている。
ようやくここでの生活の楽しみがわかってきて。今は近所の子供達が遊びに来ることとか、窓から見える四季の移ろいとか、鳥たち、そんなものに幸せを感じるようになってます。
↑窓から見える枝で組み立てた鳥の餌台、ここに季節の鳥たちが集まる。ご主人が初美さんが寂しくないように立てたような、優しさを感じます
冬は雪がとっても綺麗だし、春の季節は桜が窓から見える。裏の山ではきのこも沢山採れて。サウナに入ったり、庭で食事をしたり。夫が全部整えてくれるから、こうして私も札幌の生活を改めて楽しんでいます。東京での生活はもちろん当たり前にそこにあったけれど、今だからこその人生の新しい始まりを、感謝しながら、じっくりと味わいたいなと思っています。
「私らしく人生を楽しむヒント」今回は敬子さんの先輩、札幌に移住された高橋(山田)初美さんにお話を伺いました。それぞれの時代での出来事を細かく覚えていらして、私が編集者だった頃の撮影も私よりディテールを覚えていらっしゃるくらい! 一つ一つのクリエイティブを手を抜かずに仕上げていたことがわかります。
仕事ばかり楽しくしてきたその先に何があるのか? 夫と支えあいながら自然の中で過ごす暮らしへ。私たちそれぞれが誰とどこで、どんなふうに過ごすのか? そんな幸せのあり方を考える、良い指針をいただきました。初美さん、敬子さん、ありがとうございました!